「僕、全知全能じゃなくなっちゃった」
芦ケ谷は拍子抜けするくらいあっけなく言い放った
僕も薄々気付いてはいたが、いつも軽薄な芦ケ谷の口をそう動かせてしまうその事実が少し怖く感じる
芦ケ谷がソレを話そうとしないから、想定の域を超えなかっただけだけれど
あの日、ドロリと溶けていく芦ケ谷を見て、僕と触れることで形を保っていることが分かってしまってから芦ケ谷を拒否はしなかった
芦ケ谷は僕の表皮を取り込み、触れ、そうすることでなんとか芦ケ谷を維持している
それは紛うことなき事実で、芦ケ谷にとってそれは計算違いで、多分、いや確実に苦しいんだと思う
全知全能で1人でなんでも出来たこいつが、人間如きに飼われるだけじゃ飽き足らず、そいつが居ないと蕩けて四肢を奪われてしまうのだから
なぜ僕に触れている間は保っていられるのか、詳しくは分からない
芦ケ谷はきっと自分に呪いをかけたのだ
そうすることで、この肉体をそれ以外の小規模な我儘教祖共に奪われないように
僕自身を芦ケ谷の心臓としたのだ
芦ケ谷は僕と出会った頃から自由で不自由だった
何もかもを好き勝手にできる代わりに、何もかもに追われすぎた
中途半端に力を手に入れた連中はこぞって芦ケ谷を堕とそうとした
芦ケ谷は池に浮かぶ蓮のように、沈んでは浮いて、ゆらりゆらりと唯一で居続けた
出会ったのは僕が大学3回生の真冬、2月始めの事だった
雪が降ってはアスファルトを無駄に白く染め上げては、服を濡らして重量を増やす
真っ青な男が、夜中1時の交差点に落ちていた
人も車の通りもないその道は、きっとこの男の為に静寂を用意していた
そうとしか思えないくらい美しく、西洋の絵画のような淡い美しさを帯びていた
「青が好きか?」
男は音もなく歩き、新雪の上にひとつも足跡を残さなかった
真っ青でコバルトブルーで、群青で、そんな男
僕は、ただひとこと応えた
「青が、好きだ」
僕は落ちてしまったのだ、
深い蒼に